この「金盾」プロジェクト、ネット検閲はそのシステムの一部分でしかない。実はその先に大きな狙いがある。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>(以下引用)>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
その最終目標は巨大なオンライン・データベースと監視ネットワークの統合であり、そのために音声と顔認識、CCTV(監視カメラ)、スマートカード(ICカード)、クレジット記録、インターネット監視のテクノロジーが導入されている。
中国政府が構想しているのはデータベース駆動型の全国規模のリモート監視システムであり、全国―地域―現地の安全部門当局を結ぶ、包括的な監視ネットワークである。
当局にとって「要注意」の海外の情報サイトをすみやかに発見し、これに対するアクセスを遮断する。国内の「不良」情報コンテンツも発見次第ブロックし、公権力によって首謀者を逮捕する。
また、単なる「有害」サイトの遮断に留まらず、サイトやメールの文字検閲はもちろんのこと、言語音声情報処理技術により、電話による会話などをモニタリングし、キーワードとフレーズによって検索する。また、映像情報処理技術によって監視カメラを通じて群衆の中から特定人物の顔を識別する。
これらの能力はデジタル記号処理技術の応用であり、「アルゴリズム的監視」と呼ばれている。(リンクより)
<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<(引用終了)<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<
つまり、
『ネットを含めた中国社会全般に対する監視ネットワーク網の構築・支配』
これが共産党の進める「金盾」プロジェクトの本質だ。米軍、FBIやCIA(165974)も仰天(!?)の計画である。
ところで、中国政府が言論統制にここまでシビアなのは、中国共産党にとって不都合な情報が一般国民に流れ、体制が崩壊するのを防ぐためだ。インターネットによって自由な言論活動が行われれば、反共反中の芽が出てくる。それを怖れて政府は徹底した言論統制を布いてきたし、今後もその方向性は変わらない。
では、なぜ共産党にとって自由な言論が邪魔なのだろうか?
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>(以下引用)>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
共産主義理論の源の一つは、進化論である。共産党は種の競争を社会が進化する過程での階級闘争に当てはめ、階級闘争こそ社会が発展進歩するための唯一の原動力であると考えた。このため、闘争が、共産党が政権を獲得し生存を維持するための主要な「信仰」となった。毛沢東の名言「8億もの人口がいる。闘争なくしてどうやって機能するのか」は正にこの種の生存論理の表明といえる。
この表明と同様に有名なのが、毛沢東のもう一つのことば、文化大革命は「7、8年に一度は必要だ」である。暴力の反復的使用は共産党政権が統治を維持するための重要な手段であり、その目的は、恐怖を生み出すことである。毎回の闘争運動はいずれも共産党の恐怖訓練であり、人民は内心びくびくしながら服従し、恐怖の奴隷となるのである。
【大紀元時報:リンクより】
<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<(引用終了)<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<
(進化論と共産主義論との関係はさておき)重要な点は共産主義が「階級闘争」を拠り所にした統合様式だということだ。階層が前提、つまりそこには支配−被支配の関係があり、その社会・国家を統合するためには、暴力=武力(による圧力)が欠かせないため、引用文にあるような毛沢東の発言−「7,8年に一度は(文化大革命が)必要だ」−となる。つまり、共産主義社会とは武力及びその誇示を盾にした序列統合社会に他ならない。
この序列統制を掻い潜るには、交換取引=市場しかない(30554 『超国家・超市場論8 国家(力の序列共認)と その統合限界』)。この事実認識と照合すれば、歴史的に古くから武力闘争を経験してきた中国が、トウ小平の「改革開放」(1978年)によって現在のように市場に向かうのは必然だったと言えるし、同時にそれは序列統合=共産主義社会の限界であったようにも思える。
今、中国政府にとって厄介なのは、市場の他にもこの共産序列体制を揺るがす「場とツール」−共認媒体と場−がこの社会に存在する点だろう。つまりそれがインターネットなのだ。
かつて市場拡大した日本や多くの先進国と現代中国との発展・時代状況で最も異なる点がこのネットの存在であり、これこそ遅れて発展する中国共産党政府にとって最大の脅威となる。世界一とも言われるほどのインターネットの検閲、そして言論統制を目的とした「金盾」プロジェクトの開発に中国政府が躍起になっている理由がここにある(中国共産党はネットの“共認制覇力”を認めている証)。
この「金盾」の触手は、中国国内に留まらず、既に日本国内のサイトもターゲットになっているようだ→リンク
序列原理と共認原理の闘争がインターネットの世界でも“現実に”起こっているのだ。 |
|